忘れたくない、トヨタの平成マイルドヤンキー・ヤンジー・地元族DQNマーケティングForヴェルファイア
あの頃、街には、夜の帳を切り裂く「巨大な四角い影」が君臨していた。
※当サイト内アフィリエイト広告等が表示されます
国道沿いのドン・キホーテ、その駐車場で鈍く光るクロームメッキ。コンビニの白いLEDに照らされ、地を這うように低く構えた威圧的なシルエット。2014年、社会学者が放った「マイルドヤンキー」という言葉は、瞬く間に日本中を駆け巡った。
それは単なるレッテル貼りではなく、平成という時代の終盤、地方のロードサイドで確かに脈打っていた「豊かさの正体」を鮮やかに射抜く一撃必殺のパワーワードだったのです。

今、令和の静寂の中で振り返る。あの熱く、少しだけ不器用で、それでいて最高に「オラついていた」時代の記憶を…
「いつかはクラウン」という呪縛からの解放
かつて、日本の男たちにとっての「あがり」の車は、間違いなくクラウンだった。
しかし、平成の終わりと共にその図式は鮮やかに塗り替えられた。威厳はあるがどこか保守的なセダンという器は、地元族と呼ばれる、地元を愛し、仲間との時間を何よりも尊ぶマイルドヤンキーたちの溢れんばかりのエネルギーを受け止めるには、少しばかり窮屈だったのだ。

彼らが選んだのは、セダンの「格」と、リビングの「広さ」を等価交換したモンスター・ミニバンだった。「いつかはクラウン」という父親世代の背中を追うのをやめ、彼らはアルファードやヴェルファイアの広大な空間に、自分たちだけの新しい成功の形を見出した。
それは、権威を重んじつつも、自分たちのライフスタイルに即した「機能的な成功者」へのパラダイムシフトだったのです。
ヴェルファイア、それは「舐められない」ための武装
なぜ、ヴェルファイアはこれほどまでにヤンキー層の心を掴んで離さなかったのか。

そこには、地方特有の「舐められたら終わり」という切実なサバイバル戦略があった。
圧倒的な質量を誇る車体、獲物を射抜くような鋭い眼光、そして顔面を覆い尽くすほどのメッキグリル。
オラオラ顔は主張のため、そして虚勢のため。
それはもはや装飾ではなく、公道という戦場を生き抜くための鎧だった。
一部では「反社御用達」という不名誉なレッテルを貼られたこともあったが、そのイメージさえも利用し、チンピラが垂れサンで乗る車でイイ、その車が持つ「圧倒的な威圧感」と「揺るぎない存在感」の証明に他ならなかった。

善良な市民から少し道を譲られ、夜のバイパスでミラー越しにプレッシャーを与える。煽り運転常習犯のDQN御用達の、その「強さ」への憧憬が、彼らをヴェルファイアという巨大な新緑となり引き寄せたのだ。トヨタはその「毒気」を否定せず、むしろ最高のスパイスとして研ぎ澄ませていき謎のオラオラ顔は進化を続けて行ったのです。
三代目JSBと共鳴した「地元の英雄」像
当時のマーケティングを語る上で、LDHの存在を抜きにすることは不可能だ。ヴェルファイアのCMから流れる重厚なビートと、洗練されているがどこか土着的な熱量。それは、マイルドヤンキーたちが夢見た理想郷そのものだった。「夢を追いかけるが、地元は捨てない」「仲間を何よりも大切にする」。三代目 J SOUL BROTHERSが見せたその背中は、トヨタの車と完璧にシンクロしていた。

六本木や西麻布の華やかさよりも、地元のイオンやバイパス沿いで誰よりも輝くこと。この「等身大の英雄像」こそが、トヨタが彼らに提供した最高のエンターテインメントであり、福音だった。テレビから流れるCMを見ながら、彼らは自分の愛車を少しだけ誇らしく思い、助手席に乗せた恋人の横顔や、リアモニターの映像を眺めながら眠る子供たちの未来を、確かにそのハンドル越しに見守っていたのです。
ヤンジーが繋いだ、二世代の消費リレー
地元族、こよなく地元を愛する土着のヤンキー。

このムーブメントの真にユニークな点は、それが若者だけで完結していなかったことにある。ここで登場するのが、先述の「ヤンジー」たちだ。
彼らはかつてのソアラやマークIIで公道を支配した猛者たち。歳を重ね、孫が生まれても、そのギラついた本能は衰えを知らなかった。彼らは、息子が欲しがるヴェルファイアの頭金を「孫のため」という大義名分で差し出し、週末には三世代で意気揚々とショッピングモールへ乗り出す。
「いいツラ構えだな」そう言ってハンドルを握るヤンジーと、後部座席でふんぞり返るマイルドヤンキーの息子。トヨタの販売店は、この「世代を超えた絆」をビジネスの核に据えた。
核家族化が加速する日本において、地方だけが守り続けていた「大家族の幸福」を、彼らは巨大なミニバンという器に詰め込み、見事に商売へと昇華させたのでした。
残クレからのリセール厨が先鋭化して転売ヤーに?
アルヴェルの購入に残クレを利用して新車買っちゃうパワーユーザーも多いのがマイルドヤンキーの特徴。現場系とか建築関係、ブルーカラーとか実は収入高いとか地方だと特に可処分所得高かったりして(笑)何とかなるべ!?と勢いで買っちゃっても、残価高くて何とかなってるケースも多くて、そこから転じてリセール厨になってる輩も。
リセール乞食になったり、転売ヤーに闇落ちするケースもあるけど、乗り回してナンボのDQNが裾野を広げているのかもしれません。
40系が目指す、次世代の「インテリジェンス・オラ」
時は流れ、最新の40系新型ヴェルファイアが2023年に登場しました。
そこにあるのは、かつての「ただ荒々しいだけ」の姿ではない。トヨタは今、ヴェルファイアに「知的な力強さ」という新しい皮を被せようとしている。
メッキの使い方は洗練され、乗り味は高級セダンを凌駕するほどに磨き上げられた。それは、マイルドヤンキーという言葉さえも過去に置き去りにするような、ドラスティックなイメージチェンジだ。
かつてあれほどまでに国道を彩り、夜の駐車場を支配した「オラオラ顔」のミニバンたちも、いつかは歴史の彼方へと走り去っていくのだろう。けれど、あの大げさなまでのメッキの輝きは、確かに平成という時代を、泥臭くも懸命に「楽しく」生き抜こうとした人々の、譲れない誇りの色だった。
「地元が好きで、家族が好きで、ちょっとだけ、いや、かなり目立ちたい」。そんな剥き出しの幸福論を、トヨタのミニバンは全身で肯定してくれていたんですよね。
忘れたくないマイルドヤンキーマーケティング。
ドンキの隅っこで紫色のアンダーライトを灯していた、あの不器用なほど真っ直ぐな夜を。トヨタの平成マイルドヤンキーマーケティングは、販売戦略は一つの役目を終え、かつて見ていた「手が届く範囲の、最高にクールな夢」は新しい形になっています。
40系ヴェルファイアでは、PHEVモデルも存在し、新しい価値観を紡ぎつつトヨタも次世代の車の未来を描き続けていますね。
ヴェルファイアを残クレで買って、善きDQNライフで夢の続きを!
その他バイク用品・カー用品の通販や音楽・動画配信サービスをオトクに!

